北海道北見薄荷の年表

2014年1月30日(木)カテゴリー:

江戸時代初期 薄荷(ハッカ)草が中国から移入。(僧侶が山城(京都)に持ち込んだという説と中国人が諫早(長崎)に持ち込んだ説とがある)
文化14年  岡山県で薄荷(ハッカ)栽培が始まる。
安政元年  広島県で薄荷(ハッカ)栽培開始。山形県でも栽培がはじまり、その後最盛となる。
明治17年  北海道で初めて日高門別で薄荷(ハッカ)の栽培が行われるが消滅。
明治18年  八雲の徳川農場で薄荷(ハッカ)栽培が行われたが数年後に消滅。
明治24年  永山(旭川)の石山伝右衛門が山形県から薄荷(ハッカ)を移入、栽培。
明治29年  湧別の渡邊精司が永山から種根を取り寄せ栽培。
明治30年  北見の夜明け(北光社移民団・屯田兵入植)
明治31年  全道の統計に薄荷(ハッカ)作付6反歩(60アール)と初めて記録される。
明治32年  北光社で薄荷(ハッカ)2畝(2アール)を栽培。遠軽の小山田利七が山形から天水釜を持ち帰り蒸留。
明治34年  北見地方で薄荷(ハッカ)栽培が屯田兵を中心に急速に普及。
明治36年  薄荷(ハッカ)栽培の盛況により種根成金が出現。
明治37年  薄荷(ハッカ)が主要作物としての地位を確立。
明治40年  本州大手薄荷(ハッカ)商人が、買い付けの出張所を開設。
明治44年  鉄道開通。人口増、好景気で野付牛(北見)は薄荷(ハッカ)ブームに。協定商人以外の商人の集荷参入で薄荷(ハッカ)高騰。
明治45年  薄荷(ハッカ)農家とサミュエル商会との間で一手委託契約。これを探知した協定商人が高値買いに出て価格高騰。サミュエル事件起こる。
大正2年  天水釜(明治末まで)が、蛇管式になる。その後、大正中期まで使用される。
大正3年  記録的な安値の出現。(大手商人による安値協定)
大正4年  サミュエル裁判。(大正12年まで続く)
大正8年  豆類の作付急増。薄荷(ハッカ)は減少するが思惑買いで価格暴騰。薄荷景気により北見、周辺市街地に活気をもたらす。
箱蒸留型蒸留機が登場。昭和初期まで使用される。
大正12年  関東大震災で横浜の貯蔵薄荷(ハッカ)300トン焼失。
大正13年  大震災の品不足で薄荷(ハッカ)が高騰、薄荷成金を生む。和種薄荷(ハッカ)「あかまる」を優良品種に指定(農業試験場)
大正15年  薄荷(ハッカ)の作付面積急増。産業組合運動起こる。
昭和2年  道営薄荷(ハッカ)取卸油検査開始
昭和5年  田中式薄荷(ハッカ)蒸留機特許取得。
昭和6年  ホクレン野付牛支所設置。薄荷(ハッカ)の取り扱いを開始
昭和7年  ホクレン総会で薄荷(ハッカ)工場の設置を可決。
和種薄荷(ハッカ)「きたみしろけ」を優良品種に指定。
昭和8年  薄荷(ハッカ)工場の建設工事に着手(9月)、竣工(11月)。
昭和9年  薄荷(ハッカ)工場落成式(8月)。新工場から薄荷脳10箱アメリカへ初輸出(10月)。
昭和10年  北工式蒸留機(1号)が誕生。昭和17年頃まで使われる。
昭和11年  薄荷(ハッカ)工場へ勅使御差遣される。
昭和12年  北海道北見地方の取卸油生産量史上最高を記録(800トン)。
昭和13年  和種薄荷(ハッカ)「ほくしん」を優良品種に指定。
昭和14年  北見工場から薄荷脳、薄荷油合計525トンを輸出。北見薄荷が世界市場の7割を占める。管内の作付面積2万ヘクタールを記録、薄荷栽培史上最高となる。
昭和15年  日本輸出農産物株式会社設立。日独伊調印により米英市場への輸出激減。ブラジル薄荷(ハッカ)の台頭
昭和16年  太平洋戦争始まる(輸出ストップ)。農地統制法制定(薄荷減反)。
中国産薄荷(ハッカ)の台頭。
昭和18年  薄荷(ハッカ)加工縮小整備(北見工場と神戸の工場だけ)。
昭和19年  軍用松葉油緊急増産(薄荷(ハッカ)蒸留機の転用)。
昭和20年  太平洋戦争が終わる。(神戸工場は空爆を受け、北見工場のみが残る)
昭和22年  薄荷(ハッカ)の価格統制解除。北見薄荷耕作組合結成。
アメリカへ戦後初の輸出(再開)、薄荷脳134箱を出荷。
昭和24年  北見地方薄荷耕作組合連合会設立。
昭和25年  優良種苗普及のため、事業施設を設置。
昭和26年  薄荷蒸留施設復旧整備3ヵ年計画推進。
昭和27年  薄荷検査、国営となる。北見市薄荷耕作組合主催の復興祭が開かれる。
昭和28年  和種薄荷(ハッカ)「まんよう」を優良品種に指定。
昭和29年  昭和天皇陛下御行、薄荷(ハッカ)工場ご視察。和種薄荷(ハッカ)「すずかぜ」を優良品種に指定。
昭和31年  洋種薄荷(ハッカ)の委託販売は昭和35年までがピーク。
昭和32年  薄荷(ハッカ)輸出振興期成会設置。作付面積戦後最高1万ヘクタールを記録、薄荷脳・薄荷油合計280トンを生産。田中式蒸留機56、57型完成。
昭和33年  皇太子殿下(現天皇陛下)工場ご視察。
昭和34年  北見地方農協連主催「はっかまつり」開催。
昭和36年  和種薄荷(ハッカ)「おおば」を優良品種に指定。北工式蒸留2号機、鉄製蒸留胴の観音(片)開きも使用。
昭和37年  大幅減反により取卸油を緊急輸入。
昭和38年  薄荷(ハッカ)が非自由化品目に指定される。
昭和40年  和種薄荷(ハッカ)「こうよう」を優良品種に指定。
昭和41年  輸出不振。合成品により天然品市場が圧迫される。
昭和42年  大型集中蒸留施設の設置(3ヵ年計画)。国内相場の低迷(ポンド切り下げ)。
昭和43年  和種薄荷(ハッカ)「あやなみ」を優良品種に指定。
昭和44年  合成薄荷(ハッカ)脳が天然薄荷(ハッカ)を圧倒。洋種薄荷(ハッカ)(仁頃)の契約栽培。(昭和50年代半ばまで)
昭和46年  薄荷(ハッカ)輸入自由化(暫定関税措置)実施。
昭和47年  チモールを原料とする合成薄荷脳発表。
昭和48年  和種薄荷(ハッカ)「わせなみ」を優良品種に指定。関税延長決定。
昭和49年  石油ショックにより薄荷(ハッカ)脳の価格高騰
昭和50年  和種薄荷(ハッカ)「さやかぜ」を優良品種に指定。道産薄荷(ハッカ)が市場から姿を消す。
昭和57年  和種薄荷(ハッカ)「ほくと」を優良品種に指定。
昭和58年  ホクレン北見薄荷工場閉場式。中国産薄荷(ハッカ)取卸油の輸入増。
昭和61年  旧ホクレン北見薄荷(ハッカ)工場の事務所を改修、「北見ハッカ記念館」としてオープン。
平成6年  薄荷(ハッカ)の主産地仁頃の民家を「はっか御殿」として保存。
平成9年  常呂川河川敷に市民参加の「香(かお)りゃんせ公園」が開園。年々盛況となる。
平成13年  「仁頃はっか公園」(名水公園を改称)が開園。中国に変わりインド産薄荷(ハッカ)が増大。
平成14年  「薄荷蒸留館」が開館。(期間中、毎日蒸留実演。)
平成16年  蒸留体験ができる「ハッカ蒸留小屋(田園空間整備事業)」が開館。
平成18年  第15回全国ハーブサミット北見大会開催。
平成20年  北見薄荷(ハッカ)が近代化産業遺産として認証される。

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